いなみ

言うよ、だって

無意識と

「H…g…」


微かに声が聞こえます。僕は今布団で寝ています。隣には僕の彼女であるミキが寝ています。きっとミキが僕に何か言ってるのでしょう。可愛いやつめ…どれ…一つ返してみるか…


「何だい?朝から、僕の脳みそはまだ営業時間外だよ、baby…」


「Hey,guys.」



「Hey,guys.」


彼女は、何を言っているんだ。


「どうしたんだ、急に。ふ…複数形なんか使って…も、もしかして性行為を御所望…ということかい?ハハハ…朝からやる気満々だね、君は(笑)」


「We have a gift for you.」


「ヤバくね」


ヤバくね?流石にしんどいね…朝起きたら急に彼女が“PornHub”みたいになっちまったよ。何で?最初は精子のことを“guys”って呼ぶようになったんだな、位にしか思ってなかったのにその次に“We have a gift for you”と来たもんだ。完全に『それ』になってしまってるんだよな、俺の彼女は。


「なあ、何の冗談かは分からないがとりあえず気色悪いのでやめてみないか?折角の休日の朝が台無しになってしまうよ」


「Hey,guys.」


「やめろ…」


「We have a…」


「やめろって言ってるんだよ!!!!!!何でやめねえんだ!!!!!!」


俺はあまりの仕打ちに耐えられなかった。そうだ、昔にもこんなことがあったんだ…。そう、あれは俺が18の時…初めての彼女と初めてのセックスをしたときのことだ…。俺の自慢の剛茎を貪り尽くすが如く淫らな恥裂を一生懸命震わす彼女。肉棒の奥から迸ってくる熱気に押されて射精フェイズに移行しようとした時…それは起きた。


「H…Hey guys———————!」


彼女の喘ぎ声、基イキ声がそれだった。俺はその時の光景を未だに覚えている。意味不明なイキ声に正気を失った俺と俺と俺から出た俺達は幾つもの性交を見守ってきたその床にぶっ倒れた。


彼女は、「どうしたの?」と何食わぬ顔で俺を見下すが…その台詞は俺が言うべき、言わなきゃいけない台詞だ。俺は何も間違っていない。イキ声の相場は、「イく」だろ。百歩譲って「子宮に白色で落書きされる…バンクシーが…バンクシーが来ちゃう〜!!」位が限界点だと…俺は思っていた。


違った。


「Hey,guys—————————!」


最強だった。


そもそも俺は日本人女性と肉体と肉体のぶつかり稽古をしていた訳なのでその最中に英語が聞こえるなんて思ってもいなかったし、欧米圏でもイく時にそんな英文を放つこともないはずだ。(I’m commingくらいならありそう)


その後俺は、そそくさとシャワーを浴びて彼女のヘソ周りに韓国海苔で『バカ』と作りその場を後にした。怖かった。俺は、あんな体験は二度としたくないと…その日強く感じた。



が、またその嫌な…トラウマが目の前で起こっている。


「どうしてお前らは俺を苦しめるんだ…!世の中には俺なんかよりもよっぽど苦しめられるべき人間がごまんといるだろうが…!」


「別に…」


「!?」


「別に誰も良かったんだよ、“ある条件”を満たしている男なら誰でも良かった、たまたまそれがお前だったという話だ」


「何だ急に…」


「お前はよく例のサイトでビデオを閲覧するだろ」


「…あぁ…」


「その時、広告が出てくる…Hey,guys…から始まる見慣れた広告」


「…」


「あれをお前は幾たびもスキップしてその先にある性にこぞって劣情をぶちまけていた」


「そうだが…」


「お前は目前の欲に囚われて本当に大事なものに気付かなかった」


「本当に大事なもの?」


「Hey,guysの後には続きがあるのは知っているだろ?あの後に来る英文は“We have a gift for you.”、どういう意味か分かるか?」


「あぁ…?あれは単純に『お前らに贈り物があるぞ』的な意味合いだろ?それがなんだっていうんだ」


「あの広告はそんな単純な意味合いじゃない、広告に女が出てくるだろ?あの女は広告が表示されるたびに妊娠しているんだ」


「妊娠?」


「そうだ、そして妊娠しているということから先に言った英文がどのようなことを意味しているかが読み取れる。giftという曖昧な語はここで“胎児(赤ちゃん)”と解釈することは容易なはずだ」


「まさか…」


「そうだ、お前らが下らない一時の感情で飛ばしていた広告の裏では本来この世に生を受ける筈だった生命が失われていたんだよ」


「そんな訳あるか!バカかよ!!」


「バカな訳あるか、実際に死んでんだよ、赤ちゃんは。贈り物は受け取り手がいないと腐ってしまう。腐ったらもう使えないだろ?そしてお前らにはこれを償う責任がある」


「いい加減にしろ!こんな妄言虚言が『はい、分かりました』って受け入れられるわけねえだろうが!」


「別に同意してもらう必要性はない。こっちで勝手にその責任を全うさせる算段はついているからな」


「それがあの忌々しい現象ってことか?」


「あれは一部に過ぎない、これからはより凄惨になっていく。今更地面に這いつくばって許しを願っても無駄だ」


「…」


男は程なくして死んだ。流産、堕胎、育児放棄…それらの苦痛と同等の苦しみを与えられて死んだ。男が唯一死ぬ前に気付いたことが無意識は”他者からの指摘で漸く意識出来るもの“だということだった。今となってはそのようなことも無意味、無価値になったのだが…