いなみ

言うよ、だって

採点というゴールしてもモヤモヤする迷路

f:id:Inami_c:20200728013031j:plain(最悪)


皆さんはネタボケライフというサイトをご存知でしょうか。簡単に言えば大喜利を楽しむサイトです。


僕は最近このネタボケライフにハマっておりまして順位が上ならお母さんに見せたり順位が芳しくなければひた隠しにするような具合で楽しんでいます。


さて、ここからが本題なのですが上述した通り、この大喜利には“順位”という概念があります。それではその順位は誰がつけるのかというと”誰でも“付けることが出来ます。


正確には大喜利の投稿数が10件以上の人、という条件なのですが細かいことはなしです。とにかくサイトを使う人であれば誰でも採点の権利を得ているという訳です。


そこで僕は、投稿件数も10を超えそれとなく大喜利のにおいを感じれてきたような気がする(気がするだけ)ので「お前らの血と涙の大喜利、見せてみろや…」という勢いで採点作業に取り掛かる訳なんですが…




量がまず多い、と。


まあ、仕方がないと思います。インターネットは広いです。寧ろ少ない方だと思います。大体1つのお題に対して300〜400件近くの回答があるのでその1つ1つにどのような考えがあるのかな、とか回答のこの部分が面白みの肝だ!とウンウン唸りながら点数をつけていく作業を繰り返します。


最初の方は「ウワ〜、こういう回答の仕方もあるか」とか「これは面白いな〜、ズル過ぎだ」とか「ウンコに頼るな」とか「チンチンから卒業しろ」みたいな感じでツッコミを入れながら採点を出来るんですがやっていく内に段々こんなことを思うんですよね。



「俺はどういう基準で採点しているんだ」



自分がどういう価値観、尺度で採点していたのかが曖昧になってきて厳密な採点を疎かにしちゃようになってしまいました。さらにその迷走に拍車をかけるのが“回答のゲシュタルト崩壊”のようなものです。


ずっと、採点をしているとどうしても同じ方向性、ジャンルから攻めている…似通った回答が散見されます。そうすると、「あれ?この回答、最初見た時はおもしろいと思ったけどよく見ると他とかなり被っているな〜、いやでも面白いしな〜、まあまだそんなに被っている訳ではないし…いやまた同じような回答が、でも若干、言葉の回しが違うような〜じゃあこれはこれとして次はなんだ…?視点が違う?え?同じか?同じことを言っている?じゃあこれとこれは良いとしてさっき採点したあれをもう一回見て…そうするとさっきつけた点数って妥当ではない?どうなんだ…」







狂うわ







いや、採点し終えたんですけど、狂うわホンマに







ネタボケライフって採点する側の人間がいて成立しているということを肌で感じました。それに採点している人を見てみると結構な頻度で採点を請け負っている屈強人(くっきょうびと)がいて「この人、悟りでも開いたか?」となってしまいます。


単純に大喜利なるモノを知らない、と言われればそれまでなのですが大喜利について知識を深めれば採点も上手くなるものなんですかね?


当初は「俺を満たしてくれる奴はどこにいるかな〜?グヘヘ」というスタイルでやらせて貰っていましたが終盤辺りはもう「店主自ら出汁を!?」と最悪な二郎ラーメン店の悪夢を見ながらやっていました。


ただ、採点という行為を通じて“回答の偏り”であったり“自分には無かった考え”や単純に知識と言ったものを得れるというのはかなり自分にとってプラスになることだなと感じました。そんな感じです!!!!!!!!!ありきたりな結論!


また暫くはひたすらに答えまくる日々を過ごそうかなと思います。何事も急がず、のんびりとやるのがいいんじゃないかなと農家になった世界線の俺も言っています。


今回は具体的な例とかを出せなくて申し訳なかったです。自分の言っていることについて自信が無いのでそう言った例はつけませんでした。




おしまい